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携帯電話関連料金を上げ止まりさせている原因は何か?公正な競争はどう実現できる?

携帯電話の値下げが政府方針として報道されましたが、皆さんの通信にかかる料金は下がっているでしょうか。公正な競争が行われない背景には何があるのでしょうか。今回は、2023年9月12日に公正取引委員会との意見交換において著者が発言した内容を中心に報告します。

行き過ぎた囲い込みと携帯電話市場の問題

2023年9月、競争ルールの検証に関する報告書 2023が出されました。(電気通信市場検証会議競争ルールの検証に関するWG)

https://www.soumu.go.jp/main_content/000900312.pdf

携帯電話については、2019年5月、通信料金と端末代金の完全分離、行き過ぎた囲い込みの禁止等を内容とする電気通信事業法の一部を改正する法律(令和元年法律第5号。以下「改正法」という。)が成立し、同年10月に施行されました。
改正法により講じた措置の効果やモバイル市場への影響等につき評価・検証を行うことを目的として、「電気通信市場検証会議」(座長:大橋弘東京大学公共政策大学院・大学院経済学研究科教授)が開催され、2020年10月に「競争ルールの検証に関する報告書2020」(以下「報告書2020」10 という。)が、2021年9月に「競争ルールの検証に関する報告書2021」(以下「報告書2021」という。)を、2022年9月に「競争ルールの検証に関する報告書2022」 (以下「報告書2022」という。)が公表されました。

それぞれの報告書においては、電気通信事業法(昭和59年法律第86号。以下「事業法」という。)第27条の3の執行の状況やモバイル市場の現況について分析・評価を行うとともに、スイッチングコストの低減、販売代理店の在り方、携帯端末の対応周波数、「一部ゼロ円」料金プランと価格圧搾の関係、いわゆる「転売ヤー」対策といった関連する課題やモバイル市場に起因した固定通信市場における課題についても検討し、その対応策が示されました。
関係事業者等においてこの対応策を踏まえた取組が行われた結果、モバイル市場においては、利用者がいつでも自由にニーズに合った事業者や料金プランを選べる環境が基本的に実現し、通信料金の低廉化や料金プランの多様化も進展した。他方で、MNO(注1)3社1の利用者が通信市場の約9割を占める寡占構造は変わらない中、MNO3社においては、携帯電話端末(以下単に「端末」という。)を大幅に値引くこと等を誘引として利用者を獲得するというビジネスモデルから未だに脱却できておらず、これに起因する課題は引き続き残っている。(以上報告書冒頭部分)とされています。

 

公正取引委員会が実施した携帯電話市場調査の概要

公正取引委員会は2021年6月に公表した「携帯電話市場における競争政策上の課題について」を踏まえ、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの3社に対して改善を要請しましたが、その後、「1円スマホ」(注1)といった極端な値引きをして販売するという新たな問題が指摘されました。こうした販売方法は不当廉売につながる恐れがあるとし、調査を行いました。携帯電話端末の廉価販売に関する緊急実態調査(令和5年2月24日)が公表されました。

【資料2】携帯電話端末の廉価販売に関する緊急実態調査のサムネイル調査対象期間:令和4年1月1日から同年6月30日まで。

対象取引:MNO4社(NTTドコモ、KDDI、ソフトバンク及び楽天モバイル)とその販売代理店(関東地方に所在する店舗 を運営する事業者)との間の個人向けの取引など
対象機種:調査対象期間中に各MNOが販売代理店に販売したスマートフォンのうち、MNO(又はブランド)ごとに販売 台数上位のiPhone20機種、 Android20機種の計40機種(調査対象期間中に販売した機種が20機種未満のMNO に対しては、期間中に販売した全ての機種を対象)としました。

調査対象の40機種のうち、極端な廉価販売が行われた割合は14.9%。4万円未満の機種で極端な廉価販売が行われた割合が30.4%と高く、10万円以上の機種は1.6%でした。特にMNPで転入するユーザーに対して極端な廉価販売を行う割合が33.6%と高い。OS別ではAndroidが19.9%で、iPhoneの 11.9%よりも高かったということです。

MNOと販売代理店の取引において、調査対象だった40機種のうち、収支が赤字だった機種はiPhoneが10~13機種、Androidが8~15機種あった。MNOのうち3社は、スマートフォンの販売で生じた赤字分を通信料金に転嫁することができるので回線を借りて事業をするMVNOに比べて競争上有利な地位にあります。

販売代理店が極端な廉価販売を行った背景には、販売代理店評価制度というものがあります。MNO4社は、調査対象期間中において、自社の定める基準によって、各販売代理店を一定期間ごとに評価し、当該評価ランク等に応じて、販売代理店への支払金を決定していました。
一部のMNOは、MNP獲得指標を重視した評価指標を設定していたのです。販売代理店へのヒアリングによれば、スマートフォンやアクセサリー等の販売収入は、仕入原価との値差が小さく、粗利益はほとんどないということです。 販売代理店にとっての利益の源泉はMNOからの支払金に依存していたと思われます。しかも、設定される獲得目標件数が年々厳しくなっており、かつ、達成するとさらに高い目標が設定される(A社販売代理店)ということが取引慣行となってたようです。

公正取引委員会の見解と今後の取り組み

①MNOが販売代理店に対して、供給に要する費用を著しく下回る対価で継続してスマートフォンを販売することにより、販売代理店と競争関係にある販売業者の事業活動を困難にさせるおそれがある場合には、独占禁止法上問題(不当廉売)となるおそれがある。

②2019年の改正法施行以降、通信料金と端末代金の完全分離、行き過ぎた囲い込みの禁止が進められており、スマートフォンについては、 通信契約を伴わず単体で販売する事業者が現に存在していること、 及び独立した商品として価格が設定され供給されていることを踏まえると、通信料収入を除いて「供給に要する費用を著しく下回る対価」 での販売に当たるかを判断する。

③MNOと販売代理店の取引を対象とした独占禁止法上の問題について監視を強化するとともに、優越的地位の濫用を含めた独占禁止法違行為が認められた場合には、厳正に対処する。

知って欲しい情報

独自の回線を持っているMNOが競争上有利なことは明らかです。支援金等で代理店に対しての支配力があることも独占禁止法上の問題が発生しやすい市場です。

MNOがスマートフォンの極端な値引きを行うことで、家電量販店にとっては「SIMフリー端末の取り扱いを伸ばしていく上での障害になり得る」。また中古事業者にとっても、極端な値引きによって中古市場での市場価格が下がるため、「事業活動に顕著な影響が出る可能性もある」との声があります。

極端な端末値引きは、MVNOに与える影響が大きいことも事実です。現在、回線とセットで購入する端末は2万2000円(税込み)まで値引きが制限されますが、単体購入ではこの制限の対象外となります。つまりMNOの極端な値引きで購入した端末は回線とセットではないので、MVNOのSIMで使えるが、こうした情報が消費者に浸透していないため、MNOにユーザーが刈り取られてしまうのです。MVNO側は「MNOで端末を購入した後、MVNOと契約できることを適切に説明すべき」と訴えています。

公正取引委員会は、端末購入が通信契約の継続とは無関係であり、MNOの販売代理店で端末を購入した後、別の通信事業者と契約できることを十分説明することが望ましいとしています。またMNOと販売代理店に対しては、スマートフォンの販売価格について「供給に要する費用を著しく下回る対価」にならないようにすることが望ましいとしています。

1円スマホ問題

総務省は携帯大手の商習慣を変えるべく、10年以上にわたって議論や対処を続けてきました。前回の法改正で、端末値引きの根幹となるセット販売自体を禁止し、回線契約と端末販売の明確な分離を求めたほか、回線契約にひも付いた端末値引きの上限を税抜きで2万円に規制しました。さらに2年縛りの違約金水準を10分の1に引き下げ有名無実化するなど、従来の商習慣を法律によって根底から覆しました。

2021年10月には、総務省のガイドラインにより販売する端末にSIMロックをかけることも原則禁止とされました。その結果、消費者はほぼ縛りを受けることなく自由に携帯電話会社を乗り換えられるようになったし、キャリアショップに行って回線契約することなく、SIMロックのかかっていない端末を購入できるようになりました。乗り換え障壁が低くなったことで携帯電話会社の顧客獲得競争が激化した一方、携帯料金引き下げに積極的な菅前首相が2021年9月末で首相を退任。携帯各社は行政主導による携帯料金引き下げで数百~1000億円レベルの巨額損失を計上されたため再び端末値引きによる競争が加速しました。

法律でセット販売は禁止されているが、物販での値引きに電気通信事業法の影響は及ばないし、従来の商習慣の影響から、現在もスマートフォンを購入する際は回線契約が必要と消費者は思わされています。そこで携帯各社が取ったのが、スマートフォン自体の販売価格を直接値引くという新たな手法です。端末の販売価格自体を大幅に引き下げ、誰でも大幅値引きでスマートフォンを購入できるようにし、それに加えて番号ポータビリティで他社から乗り換えた人に向けた、改正法の範囲内での割引などを追加。これによって規制の範囲内で「一括1円」という端末価格を実現したのです。

現在の値引きは、端末を単体で購入できる消費者が少ないことを前提としたもので、知識を持った人に端末だけを激安で購入されてしまい、収益の基盤となる回線契約が残らないという大きなリスクも抱えています。そのリスクを的確に突いたのが転売ヤーです。

転売ヤーとは

セット販売が禁止されショップ側が端末の単体販売を拒否できず、しかも回線契約の“縛り”がなくなったことで短期間で乗り換えや解約がし放題という状況の中で、スマートフォンが大幅値引きで販売されていることは転売ヤーにとっては大きなメリットです。値引きされた人気のスマートフォンだけを単体で購入、あるいは事前に安価なサービスを契約し、短期間で乗り換える「ホッピング」を活用して割引を全額適用して購入するなどして、人気のスマートフォンを安価に調達、転売する行為が横行するようになったのです。

安価な料金プランの増加でホッピングがしやすくなったこと、さらにはフリマアプリの普及など以前よりは転売しやすい環境が整ったこともあり、個人による転売も活発になっています。

より問題になっているのは組織的な転売ヤーの存在です。日本でスマートフォンを安価に購入できることに目を付け、日本で調達した端末を海外で転売し、内外価格差を利用して利益を得るというビジネス。利益を最大化するには端末を大量調達する必要があることから、多数の人員を集めてショップに開店前から並ばせ、値引き対象のスマートフォンを早々に買い占めてしまうことで問題を深刻化させているようです。こうした転売ヤー問題の深刻化を受けて携帯各社だけでなく行政も問題対処に乗り出すようになり、競争ルールの検証に関するWGの第32回会合では転売ヤー問題に関する具体的な議論もなされました。日本は急速な円安が進んだことで、諸外国から比べるとスマートフォンを非常に安い値段で買える環境となっています。たとえ大幅値引きを止めたとしても、内外価格差によって利益を得る国際的な転売ヤーが姿を消すとは考えにくく、解決にはより本質的な対処が求められます。転売ヤーを利用した新手の詐欺事件も多発しているようです。

MSPは妥当な商慣行なのか? 

MSPについては、販売代理店が極端な廉価販売を行った背景については、「MNOから指示があった」「MNPの乗り換え達成するため」といった回答が多かったということです。このMNPのノルマが通常の営業活動では達成できない水準だったため、スマートフォンの極端な値引きをせざるを得ない状況だったと述べた代理店もあったようです。公正取引委員会は、通常の営業活動では達成できない高い目標を設定することは不当廉売の原因になり得るため、競争政策上望ましくないとしています。

携帯電話は生活に不可欠の消費財です。良質なものを安心して使用すること、なるべく安い価格で手に入れたいという消費者のニーズが逆手に取られるような経済社会であってはならないでしょう。法律やガイドラインではITが急速に進化していく社会の中で発生する様々なトラブルに対応することが難しくなっています。うまく使いこなしていくためにはどうすれば良いのか、必要な情報をわかりやすく提供することが求められています。法制定や規制の前提となる社会現象についても深く理解して商品を選択していくことが必要です。今やテレビを見なくても携帯電話を使わない日はないでしょう。諸物価が跳ね上がる今、複雑かつ変遷する携帯電話市場の現状と対策をしっかり見据えていくことが大切です。

(古賀 真子)

(注1)1円スマホとは、端末の割引などによって初期費用1円で契約できるスマホのことです。多くの携帯キャリアでは、スマホ端末と回線契約がセットで販売されており、一緒に契約すると、セット割引が適用されます。こうした割引によって、初期費用は安くなりますが、毎月の通信費が高くなります。過度な割引が通信料の高止まりの原因になっているとされ、2019年にセット割引の割引上限額が2万2000円に規制されました。
しかし、セット割引が規制を受けたことにより、セット割引とは別に、端末料金が過度に割引されるようになりました。2023年6月20日、総務省がスマホ料金の規制に関する新制度を発表しました。2月に公正取引委員会が「1円スマホ」の実態について、「独占禁止法で禁止されている不当廉売に当たる可能性がある」と結論付けました。

(注2)MNOとは、自社で回線網を有するdocomo、au、SoftBankなどの事業者。楽天モバイルも参入した。これに対して、キャリアの回線を借りて格安SIMサービスを提供する事業者MVNOとMVNEといってMNOとMVNOを結ぶ中間業者的な事業者がある。

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