消費者のための安全安心情報サイト

母里さんへの追悼文 その3 母里さんへの追悼と偲ぶ会での提案 栗原敦さんより

私たち予防接種健康被害者に寄り添った母里啓子さんのこと

MMR被害児を救援する会 事務局長(2代め、2008~)栗原 敦

 

出会い

息子のおたふくかぜワクチンによる被害(1983 年 12 月、86 年 8 月に医薬品副作用被害救済) を機に、MMRワクチン「当面接種見合わせ」直前の 1993 年 3 月末だったと記憶していますが、 勤務先に電話をかけたことが出会いの最初のシーンでした。その時に何をお話しし、何を伺った かの記憶は消えています。被害者・支援者、養護の先生や自治体職員らによるインフルエンザネ ットワークの市民運動から 1990 年に誕生する「子どものためのワクチントーク」へ移行する時 期でした。MMRで髄膜炎が問題視されていました。93 年 11 月「子どものためのワクチントー ク in 静岡」に初参加、そこで母里さんの姿に初めて出会いました。

予防接種被害児の症例紹介

雑誌『小児内科』(東京医学社、1994 年 11 月)誌上に、1973 年東京地裁を皮切りに始まった 予防接種禍集団訴訟原告被害児の症例を紹介したのが、母里さんでした。医学雑誌の記事で健康 被害を正面から扱ったものは極めて稀です。その後、1998 年 9 月の日本応用心理学会(龍谷大学、 大会長は田中昌人氏)、公開シンポジウムI「予防接種被害と応用心理学」(企画・司会、田中真 介氏)に招かれた際にも先の症例リストを資料として紹介されました。今回は、それを末尾に示 しました(資料1)。

カナダ政府のMMR規制(安全対策)に貢献した母里さん

栗原が編集実務を担当した、MMR訴訟弁護団編著『MMRワクチン薬害事件 新3種混合ワ クチンの軌跡』では、MMR訴訟の判決を次のように引用しています。
「カナダ健康福祉省は,平成 2(1990)年 5 月、6 万 2,000 人に 1 人の割合で無菌性髄膜炎が発生 しているとの報告を受けて,平成 2 年発行の日本の医学雑誌での副反応報告をも参考にして,占 部株ワクチンを含むMMRワクチンのカナダでの販売を禁止した。これは平成 2 年 12 月 15 日発 行の医学雑誌「カナダディズィーズウイークリーレポート」に報じられた。(出典:説明文は一審 判決「第 3 争点に対する判断」の「5 MMRワクチンに関する経緯について」の「(2)争いの ない事実等及び証拠」)」
ここでいう「日本の医学雑誌の副反応報告」(甲A第 13 号証、高橋ら「MMRワクチンが原因 と考えられる無菌性髄膜炎」日本医事新報 3441 号 1990.4.7)をカナダ政府関係者に提供したの は母里さんでした(資料2)。

MMR訴訟で「母里意見書」、行政対応を厳しく批判

1993 年 12 月提訴のMMR訴訟で、原告・弁護団の求めに応じて、母里さんは意見書を提出さ れました(2001 年 9 月 8 日、資料3)。
カナダ政府、日本政府双方の対応を示して、行政の対応を厳しく批判しています。その意見は
明解かつ痛快でした。
母里さんの貴重な意見書は、栗原が継続しているMMRワクチン薬害事件の再検証作業にしっ
かりと位置づけたいと思います。

予防接種リサーチセンター「予防接種制度文献集」など感染症関係の蔵書を遺品として

かつて、横浜の母里さん宅にて、1969(昭和 44)年 1 月に設置された(財)予防接種リサーチ センターが毎年刊行してきた「予防接種制度文献集」(いわゆる厚生労働省の予防接種研究班の研 究報告書とほぼ同内容、近年は刊行されていない)をはじめ、感染症関係図書をお預かりしまし た。そこには、岩波新書『私憤から公憤へ 社会問題としてのワクチン禍』の著者であり、東京
※ 訴訟の原告であった吉原賢二氏を代表とするワクチン禍研究会の『ワクチン禍研究』 の全号分の
コピー一式も含まれていました。母里さんが公衆衛生院時代に、世の中に広める為に準備された ものです。ご存命中に、栗原がコピーから PDF を作成し、Web 上の公開が可能な状況にはなっ ています。
これらは今後、MMR被害児を救援する会が加盟する全国薬害被害者団体連絡協議会等が国に
求めてきた「薬害研究資料館」に収められるよう取り組みますが、他の方法も考慮する必要があ
ります。ご意見があればお寄せください。
※『ワクチン禍研究』は、吉原賢二氏に提案申し上げ、ご了解を得ましてご自身の蔵書(合冊製本された
もの)を国会図書館に納本させていただきましたので、東京本館、関西館双方で閲覧可能になっています。

母里さんを偲び、決意をあらたにしたことなど

2008 年、新潟県内で被害を認定されなかった事例の審査請求において、大阪の山本英彦医師の 意見書をいただくことができ、また、県知事の救済への強い意思をもって、国の判断を覆し、重 度の障害をもった男児が救済されるに至りました(2010 年)。黒部信一医師の意見書により、大 阪府内でも最近同様の事例がありましたし、その間、栃木、千葉でも認定を獲得することができ ました。2006(H18)年を境に、厚労省に意見を求めることなく都道府県知事が独自に審査に当た ることとなり、その後の逆転認定例が格段に増えていることがわかったのです。
今後、この事実をもって、被害者があきらめることなく救済を獲得できるよう助言することや、 都道府県・市町村職員へも周知を図ることを決意した次第です。
母里啓子さんのご冥福を皆さんと共に祈ります。

【資料1】【資料2】【資料3】はこちらのpdfをご参照ください。

追記

栗原さんから、予防接種関連の資料保存・活用に対する提案がありました。改訂版とともに偲ぶ会の写真も追加しました。


提案:インフルエンザ全国ネットワーク時代の資料収集のサムネイル母里さん追悼のサムネイル

母里さん追悼:改訂版のサムネイル

カテゴリー

月別記事