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コロナ対応を考える その58 コロナ研究者の貴重な体験記 黒部信一医師に聞く

黒部信一さんは,自己紹介ヒポクラテス以来の病原環境論を受け継ぎ、現代医学と少しずれた医学を提唱し、臨床に応用し,総合小児科から心療内科、総合内科をしているお医者さんです。チェルノブイリや3.11以降の原発被害や4大訴訟以後のワクチン副作用被害者への審査請求の意見書を書いていただくなど,市民の立場に立った医療を研究・実践していらっしゃいます。ワクチン、抗生物質、抗がん剤の限界を提唱しています。

2021年5月のワクチントーク全国集会でもご自身のコロナ感染の体験について貴重な発言をいただきましたが,今回は黒部さんに感染体験についての原稿をお願いしたところリライトいただきましたのでg紹介します。コロナ対策に悩む全国民にとっても黒部さんのブログは大変貴重ですので,合わせてご紹介いたします。

https://blog.goo.ne.jp/kuroshin1941

 

コロナ研究者の開業コロナ感染手記

私は、40代半ばより高血圧。その管理不良で、64歳時に一過性脳虚血発作となり、大動脈弁逆流も見つかりました。また軽度の睡眠時無呼吸症候群がありました所用で2021年4月10日沖縄訪問の入院です。

今回発熱とコロナ抗原検査陽性で、70歳以上で症状のある人は重症化しやすいので入院させられた。入院時の胸部CTで肺炎があり中等症と言われ呼吸は苦しくないSpO2値89%で酸素吸入を開始。入院後2日で重症化する危険があると言われ、3日目に救命センターに転院し、高流量鼻カニュラ酸素療法(ネイザルハイフロー)という人工呼吸をしました。50/50と言われしたから、酸素50%の濃度で50L/分の流量だと思います。鼻のカニョーラで流しました。それでもSpO2が90を超えず、それでその救命センターでは二人目という伏臥位呼吸法」(*注 後半に解説あり)をしたら瞬く間に99になり、気管内挿管をせずにすみました。その後3日間それを続けたら峠を越え、次第に回復に向かいました。酸素無しで生活できる状態となって退院するまでに21日かかりました。

かかって判ったことは、肺のほかに肝臓、腎臓、膵臓なども侵され、静脈血栓症もおきやすいと言われました。私の場合は、頭と筋力は残りましたので、酸素療法をしながらコロナや歴史の本を読み、出来る範囲でのリハビリをしました。肺の機能はなかなか改善せず、また睡眠時無呼吸症候群の人にあるという低酸素症への慣れを考慮してくれず、息が苦しくないのに高流量の酸素療法を続けました。症状としては発熱ですが39℃を超えず、解熱剤は使わず、デキサメタゾン療法開始後に熱は下がり、あとは痰と咳で、鼻水は出ず。味覚はあり、嗅覚はアレルギー性鼻炎で昔からほとんど無く、酸素療法をしているので息が苦しいことは全くありませんでした。

解熱剤免疫システムを止める働きで熱を下げるので滅多に使いません副作用もあり、ヒポクラテスの「助力せよ、せめて損なうな」の立場です。

 

その後感じたこと

新型コロナウイルスは、今の世界の状況、つまり資本主義の終りを告げており、新しい社会の構築が必要なことを教えてくれました。斉藤幸平さんの本が出るまで知らなかったのですが、世界では多くの若手学者たちのマルクスの再評価が進んでいます。また、遺伝子分析から古代からの多くの歴史が再検討されています。また自然科学と人文社会科学との再統合が進められています。気候学も同じです。現在の自然生態系の回復には単にCO2の問題ではなく、社会の仕組みの改革が必要なのです。私は救命センターの中「人新世とは何か」読み、自分が社会の周縁に追いやられたネオ・ヒポクラテス医学と呼ばれる世界の流れに属していることが判りました。

退院後3週間、自宅のマンションの4階の階段もゆっくり歩けば休まずに登れし、長い距離も歩けるようになりました。肺機能以外は、元気です。退院直後には長い電話や長い息苦しくなったのに、それも問題なくなりました。6週間で呼吸を意識しなくなり、4階の階段をふつうにるまでに回復するには3か月かかりました。

日産のゴーンさんの事件で明らかになったことは、日本も敗戦後アメリカによって解体された財閥が復活しつつあり、高額納税者番付はいつのまにか公表されず、時間給も医師や教授などの高額所得者の給与も含めて計算し、格差を隠すようになっています。私の慶應時代の同に聞きますと、今は社長などの重役たちの給与は、昔とけた違いのようです。日本でも格差は進み、一億総中産階級の時代から、格差社会へ進行しています。年収400万円が境ではないでしょうか。また団塊の世代より上の世代は、豊かに過ごせる人が8割だそうです。その世代を境にして、格差が広がり、社会的貧困が迫っています。斉藤幸平さんの言うように、生活レベルを落としていくしかありません。今の日本人の多くは、世界の77億人の人口の上から1割に入る富裕層です。格差をあらわすジニ係数も北欧諸国に近く、低いようです。だからコロナにも強いのだと思います。

(感染と闘病の経過

4/21正午頃、発熱(38.5℃)して、勤務先の診療所でコロナウイルスの抗原検査をしたら、陽性でしたので、すぐ看護師が保健所へ連絡し、保健師の指示で自宅待機となり帰宅した。保健所から連絡があり、「70歳以上の有症状者は観察入院となる。入院先は、東京都では入院調整本部(発熱センター)で探す。」とのこと。明日まで待機するように言われた。

4/22は、朝38.8℃で、朝10時過ぎても連絡なく、10時半には一時37.5℃になる。その後38.5℃。ようやく11時過ぎて保健師から「東京都全体の調整機関で探しているが見つからない。午後1~5時の間に連絡するという。その後また電話があり、市立病院に決まり、明日9時半出発で、民間救急車が迎えに行くと言われた。

4/23は、朝9時半に介護タクシーが救急対応の乗車隔離体制で迎えに来た。10時43分市立病院へ入院した。ここは軽症・中等症の観察入院施設でした。待機室に待機し、諸検査を受けてから入院した。入院時の胸部CTには、もう肺炎像があったようです入院後、息苦しくはなかったが、SpO2が88~89だったので、経鼻カニョーラでO2を1/分で酸素吸入をした。夕方からアビガン(インフルエンザの治療)、クラビット(抗生物質)、デキサメタゾン(ステロイド)の治療開始。

入院2日目(4/24)午前0時過ぎに37.3℃に下がり、午前4時には36.6℃で、その後その日は37℃を超えず。昼食前の検査で血糖値が242となり、インスリン2単位注射された。

入院3日目(4/25)の朝6時に再び発熱し38.2℃、8時には38.8℃となり、転院先を探すと言われ、その日は見つからず。ここでは緊急時の人工呼吸体制が取れないと言われた。

入院4日目(4/26)朝になり、東京医大八王子医療センターが受け入れてくれることになり、午後に転院。それで転院先は重症者用の救命センターです。救命科へ入院後、すぐ酸素濃度を上げ、さらに高流量鼻カニュラ酸素療法(HFNC)50/50を投与されました。それでもすぐにはSpO2が90を超えず、「伏臥位呼吸法」をしたらあっという間にSpO2が99まで上がりました。後は回復を待って一般病室へ移るまでです。意識完全に失ったことはありませんが、意識レベルは低下していたようで、後日にサインをさせられた書類がありました。

入院後6日目(4/28)救命センター内の個室へ移る。ベッド安静でトイレも使え。酸素流量を50/50 からだんだん 45/45、40/40へと下げられました。

 入院後14日目(5/6)に隔離病棟の一般病室へ移る。メモ取る意欲はないが本は読める。高流量鼻カニュラ酸素療法はそのまま続く

 入院15日目(5/7)鼻のカニュラが取れマスクになり、チューブを伸ばして室内を歩く。その後、5/11に呼吸リハビリが始まり、5/13(入院後21日目)に退院。退院までに酸素無しで退院できるか不安でした。

 

「伏臥位呼吸療法」とは

最初は慣れないようで、大きな台の上に載せられてうつぶせになりましたが、なった途端にSpO2が、それまで89を超えなかったのに、あっという間に99~100まで上昇しました。初めSpO2100%という数字を見ました。その後もう一回見たきりです。SpO2が95以下になると伏臥位になりましたが、一晩したら、その後は午前に2時間くらいと、寝る時にしました。元々睡眠時無呼吸症候群があり、30秒を超えないようなのでそのまま経過を見ていました

そのまま日中や就寝後に3~4時間ずつ伏臥位呼吸を繰り返し、6日目(4/28)まで続けました。その後するようにとは指示されませんでしたが、その方が良いので、以後寝る時は必ずしていました。退院後もすることが多いです。

その後の経過

それでSpO2の数字が良いのといる場所のベッドを使用するために、救命センター内の個室に移動し、そのまま高流量鼻カニュラ酸素療法を続けていました。そでは人工呼吸器使用できず、酸素吸入だけなので、もう山は超えたと安堵しました。途端に看護師が来るのも少なくなりました。そこでは、ベッド上しか許されず、それで自分で出来る範囲でのリハビリを開始しました。そこではテレビを見ることもでき、だんだん高流量鼻カニュラ酸素療法の指示が50/50から40/40と下げていき、更にマスクになり、さらに経鼻カニョーラ3/分で一般病室に転室。救命センター内は救命科が担当で、コロナ用には6床あり私は5人目でした。仕切りがないが良く見えず、中の様子は判りませんでした。後は、だんだん回復していくのを待つだけで、ゴールデンウイークなので、体制が無く、酸素流量を減らしてもらえず、GWが明けてから減量が始められました。

新型コロナ(COVID-19)の治療は

市立病院へ入院後アビガンとデキサメタゾンの治療をすると聞きました。アビガンデカドロンの錠剤でした。423日夕からアビガン、デカドロンを服用し、4/24は同量を続け、4/25朝から肝障害が出たからとアビガンを中止しました。入院当日夕食前に血糖値172で、4/24日昼の食前に血糖値242ンスリン2単位を注射して食事をとりました。インスリン注はこの一回きりでした。デキサメタゾン療法は、転院後は注射になたので不明ですが、一般病室に転室後も使用していたようです。

 医療センターへ転院後、アクテムラ使用開始。点滴静注。

4/25の某市立病院説明では 肝障害はアビガンによるという。GOTとGPT900から1000くらいになったという。

解熱剤は必要なく、かえって症状を隠す(マスクする)ので良くない。途中重症化した時はまず熱が再上昇し、その後に呼吸状態が悪化しました。

COVID-19では、全身に来るようだ

 亜鉛の低下が味覚障害や嗅覚障害が来るのではないか。

初めて血糖値が高かった。アミラーゼも高く、膵臓障害の為ではないか。

腎機能は、当初脱水状態もあり、かなり悪かったが、その後通常のレベルに戻っている。フェリチン高値は、肝障害の為であろう。

医療センター救命科での説明では、Ⅰ. 肝障害が強かったこと。アビガンの為ではないかという。肝機能が特にLDHが上昇し、γGTPは上がらなかった。

Ⅱ. その時にフェリチンが高値になったことと、亜鉛が低下している。またアミラーゼの上昇、腎機能が低下しているという。しかし、亜鉛の薬が出ているのに、亜鉛の数値を聞いても研修医は判らなかった。検査表にも良くなってからの数値しか出ていない。

突然重症化すること

肺炎は入院当初から重症と言われた。両下肺野に間質性肺炎があると言われ、間質性肺炎は今まで言われたことが無かった。いずれにせよ、肺機能を低下させるの肺炎があった。入院時に息苦しくないが酸素療法をし、その後酸素がないと苦しくなる。

また重症化した感じは無いのに、転院直後から高流量鼻カニュラ酸素療法を開始したが、SpO2は90を超えず、伏臥位呼吸法で良くなった。いずれも自分では重症化するのを意識していなかった。(経験を積んだ医者なのに)

伏臥位呼吸法が良かったこと

 救命科の医師に、ヨーロッパで効果があると報告されているから、気管内挿管の前に、伏臥位呼吸をしてみませんかと薦められ、うつぶせ寝は抵抗が無かったのですぐすることにしました。

伏臥位呼吸は、肺を膨らませ、呼吸状態の改善、つまりSpO2の上昇に効果があると言い、私はそこの救命科では二人目と看護師から聞いた。その看護師は、それをした患者さんについたのは私が最初という。その後、救命科内の患者さんたちは皆、伏臥位呼吸をするようになったという。本当に効いたので、退院後も肺活量を増やすためのリハビリとして、毎晩しています。ま退院時には、炎症は収まっているのに、無気肺のような影が残っていました。医師の誰かが「これなら今後はエクモを使わずに済みそうだ」というのが聞こえた。

 アメリカに10年いた友人の放射線診断医に、アメリカではうつぶせ寝なので、下肺野の前の方に肺炎が起きると聞いていた。日本人は仰臥位なので、下肺野の後ろだが。それは空気の入り方によるようです。私は、コロナを疫学的に研究していて、知識があったので、決して死ぬとは思っていなかったし、気管内挿管はするがエクモはしなくて良いと言っていたが、伏臥位呼吸法は非常に効果があり、それで急場をしのげて、山を越えた。人は「死ぬ」と思ってはいけない。諦めたら、その通りになること多い。

自分で自分の体を守ること

リハビリは自分で始めた。だから救命センターにいても、出来る範囲でリハビリを自分で開始した。救命センター内では歩けないので、腰を動かしたり、手を動かしたりした。一般病室に移ってから、動けるようになったので、出来るだけ歩いたり、スクワットを開始したりした。それで大分リハビリも早く進んだと思う。呼吸法も、高校時代にグラウンド・ホッケーをしていて、大学生に教わっていたこと、心療内科でいろいろな呼吸法を覚えたことが良かった。今は日常生活の中で呼吸を意識することはないほどに改善しています。SpO2測定器を持っているので、退院後は測定しながら体操や階段の昇降をしていました

も自分の体力を過信してもいけない

私は医学部時代に、当時医学部チームでは全国のトップで東京都の学生リーグの三部所属慶応義塾大学医学部チームの主将とコーチまでした体育会系でもありました。(また大学全学自治会の副委員長もしました) それで体力的にも過信していたので感染発病するという失敗をしました。

心が体を左右します

私は、人はこころと体を持つ社会的存在であり、その人間がかかる病気であるので、社会的、精神心理的要因が感染、発病、重症化を左右すると考えます。現実にもそう進行していますが、それが見えないだけです。

世の中には、コロナ恐怖症と、コロナを全くインフルエンザと同じように考えて平気な人と、その間を揺れている人とに三分割されています。ワクチンも歓迎する人とワクチンに不信感を持ち打つのが嫌な人、その間にいる人の三つに分かれます。

医師も新しい病気なので治療法が確立されていず、手探りで治療をしています。感染症学者や疫学者のほとんどは、社会経済的な基盤や精神心理的要因を考慮せず、ひたすら物理的要因密を避ける(ソーシャルディスタンス)、手洗い(接触)、マスクが対策と言います。私は自分をいつも健康に保っておくことが最大の感染防御だと思います。  

それで、私は高をくくって無理なスケジュールをとったので感染し発病してしまったと反省しています。

コロナ恐怖症の人が重症化しやすいし、ワクチン嫌いの人がアナフィラキシーを起こしやすいのです。またワクチン接種後の2週間はハードな仕事や運動、スケジュールなどを避けた方が安全です。ワクチンで副作用が出てもほとんどが因果関係不明として補償されません。

昔イギリスで風邪の治療法の研究をしようとして、ポランティアに風邪にかからせようとして、のどにウイルスを噴霧し、疲れたらよいと長距離を走らせたり、寒い所に置いたりしましたが、なかなかかからずに研究を中止しました。その結論は、「お金をもらってホクホクしている人は、風邪にかかりにくい」という結論でした。

これが私のお薦めするコロナ対策です。 

(以上)

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