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コロナ対応を知るシリーズ その16 マスクに関する見解 その1 新型インフルエンザの教訓に学ぶ

マスクについての申し入れに関して、田中真介さんから情報をいただきましたのでご紹介します。新型インフルエンザの対策についての検証が有用だと感じます。(以下、田中さんより)

2020年4月から5月初旬(第1報は5月5日以前)、中国の中学生たち3名が、マスクを着けて体育の授業に出ていて、死亡した事件がありました。報道記事を読んで、マスク着用が適切で効果があるのか、丁寧な検証が必要ではないかと思っておりました。

(報道例)
●FNN
https://www.fnn.jp/articles/-/40883

●朝日新聞
https://www.asahi.com/articles/ASN5C6530N5CUHBI00F.html
https://news.yahoo.co.jp/articles/6335895914c89aa13cc7b60cd764a611998c5ed7

など。3名のうち2名は、N95の高密度マスクですが、1名は普通のマスクだったようです。父親のコメントも引用されていました。


●(参考資料)以前にお送りしたものと同じですが、2009年の新型インフルエンザのときに、マスクのことにも少し触れています。質問と答えのかたちでまとめたものです。2009年の9月に、九大で日本応用心理学会の大会シンポジウムが開かれました。その資料です。

 

京都大学:新型インフルエンザ09対応(田中試案、学生への説明資料) 田中真介

09年4月28日:初版作成→5月12日発症数と予防策を改訂→6月1日:京都大学保健管理センター所長と協議の上で改訂

2009年9月12日(土)14:30~16:30九州大学病院地区・視聴覚ホール
日本応用心理学会第76回大会『医療における応用心理学の可能性』
大会企画シンポジウム『健康を支援する応用心理学』(田中真介)参考資料

■(1)今回の「新型インフルエンザ」ウイルスの素描:

1)ウイルスの型と感染者数:今回の新型インフルエンザ(豚インフルエンザ)ウイルスは、H1N1型との報告がありました。Aソ連型のインフルエンザと同様の型ではあるものの、その中でも変異があり、同一の型ではありません。感染者数は、2009年4月~5月の段階で、世界では10000名前後、日本では100~500名の発症報告が出ると推察されますが、もうすでに、十分たくさんのヒトが感染していると考えられます(発症せずにすんでいる人も多いはずです。「不顕性感染」といいます)。

2)インフルエンザに関する歴史的経緯:歴史的には、ヒトでは、1977年~ソ連型、1918~1919のスペインかぜがこの型でした(スペインカゼH1N1は、鳥には病原性は低いタイプでした)。さらに、同じH1N1型の中にも、多様な変異タイプがあるので、同じH1N1型のウイルスでも、ある亜種は特定の種(鳥、豚、あるいはヒトだけ)にしか感染しない傾向にあります。

流行し始めているウイルスは、豚の細胞の表面にあるタンパク質をこのウイルスが認識して(ウイルス表面のタンパク質と結合できて)、豚に特異的に感染するタイプ。豚とヒトとでは、細胞の表面にあるレセプター(タンパク質)が違うので、本来はヒトへの感染はむずかしかったはずです。しかしウイルスの表面タンパクが変異し、豚からヒトへの感染も可能となったとみられます。

■(2)実態分析メモ:

私は今回の弱毒性インフルエンザは、基本的には<普通のカゼ>だと考えていますが、感染・発症後の死亡率がこれまでの他のインフルエンザより高い傾向が報告されているので、注意は要するでしょう(感染予防と発症後のアフターケアを。副作用が明らかにされている解熱剤は使わないことなどが重要)。(「今後、強毒性に変異するかもしれない」とする見解が出されています。ありえないことではありませんが、実態の綿密な把握と論理的な予測をもとに、冷静に対応する必要があります)。

○質問①「メキシコでなぜ発生したのでしょうか? 死亡例が多いのは確かですか?」:

養豚場が変異・培養実験のフラスコとなった可能性はありますが、詳細は明かではありません。メキシコで死亡率が高い傾向にあることは確かです。ただし、インフルエンザを直接の主因とする死亡以外もカウントされているとの報告があり、今後、死亡数の統計データが修正されるかもしれません。

メキシコで死亡事例が確かに多いとすれば、①市販の風邪薬(副作用被害のある解熱剤)を使った場合が多かったこと、②初期治療が十分でなかったこと、③細菌性肺炎に対応する医療体制が整えられていないことなどが主因と考えられます。これまでのインフルエンザ大流行のときの死亡原因は、ウイルスそのものというより、細菌性肺炎の合併症の場合が多かったと報告されています。細菌対策で死亡確率を下げることができるはずです(…ただし、今回のインフルエンザによる死亡例では、ウイルス性肺炎も報告されています)。

■(3)日本での対応策についての方針案(田中試案、2009年5月段階)

1)予防の方法について

インフルエンザウイルスは、室内の湿度50%を維持するだけで9割以上が死滅することが知られています(研究報告あり)。ミクロの「水滴」がウイルスを吸着するようです。部屋の湿度を高めに設定することは、感染確率を減らすでしょう(*ただし、窓を開けずにおく「無菌室」のような生活を続けることは不可能なので、予防効果は限定的と思われます。感染しても発症しないようにする方策が望まれます)。

予防としては…(感染予防としては)室内の湿度を保つことのほかに、(発症抑制方法としては)ふだんから休養をよくとり、体力をつけておくことが基本的に重要です。

さらに、究極の予防方法としては、今回のH1N1型のインフルエンザ・ウイルスをいわばきちんと「経験」して、免疫を得ることです。

これまでのインフルエンザ・ワクチンは効果が限定的であることが、前橋市医師会の調査によって論証されています。次のウェブに公開されており、全文を読むことができます(現在、英訳が進行中)。 「前橋レポート」http://www.kangaeroo.net/D-maebashi.html

今回の新型インフルエンザでも、1970年代までの流行を経験している50歳代以上の方たちは、いわばある程度の免疫があるために、発症の確率が低くなっていると報告されています。

(*インフルエンザ・ウイルスは、エイズウイルスと同レベルの高い変異速度で毎シーズン多様に変異しますので、まったく同じ型のウイルスはひとつとしてありません。そのことがワクチンが効かない理由のひとつとなっています。逆に、多様なウイルスにきちんと感染することで、ウイルスの共通部分を認識して免疫機構が働く可能性が高まるとも考えられます)。

○質問②「休校は感染や発症の予防に効果がありますか?」:効果は限定的です。その学校近辺での感染の機会(確率)を減らすことにはつながるでしょう。休校にするかどうかは、短期的には、①病原体の毒性の強さ、②流行の範囲と規模、③学内におけるヒト-ヒト感染の有無、この三つで判断されます。現時点(2009年5月時点)で京都大学を休校にする必要はないと判断できます。

さらには、休校で感染防止できるかどうかについては原理的な問題を検討しなければなりません。もし「不顕性感染」があるとすれば、たとえ休校したとしても、通常の生活で家族と接し、街を出歩くだけで感染することがありえます。不顕性感染の事例数・発生の確率がどの程度かを把握することが必要ですが、季節性インフルエンザと同様のレベルだとすると、相当数の方たちが、すでに感染して健康保菌者(ウイルス保持者)となっており、その人たちから感染する可能性があります。

また、各自治体による対応の時期のズレも、休校が感染防止にあまり役立たない理由の一つです。たとえば、大阪府や兵庫県が5月初旬、京都府が5月下旬に休校措置を各学校に要請しましたが、京都大学には多くの学生が、感染・発症拡大中の大阪・神戸から5月半ばまで軽やかに通学。逆に、少し遅れて京都で感染・発症が広がったときには、大阪・神戸で休校が解除されたものの、京都からウイルスを持参して大阪・兵庫の大学に通学が開始される、ということになりました。対応に「地域差」と「時間差」があり、府県をまたがった人の移動がある以上、ウイルスの移動・拡大を制限することは<原理的に困難>と考えたほうがよさそうです。

○質問③「感染の確率・頻度について、どのような統計資料や研究報告がありますか?」

メキシコでは、「今回の新型インフルエンザは患者1人あたり1.4~1.6人に感染する」と報告されています(5月11日付「サイエンス」)。一方、「メキシコでの新型の感染力は患者1人あたり2.3~3.1人と、スペイン風邪並みの強さがある」との見方もあります(仏チーム、5月14日)。いずれも、発症する場合(顕在性)を前提としています。不顕性感染はもっと多いはずです。

日本でのシミュレーションでは、何も対策をとらなければ1人あたり1.4人の感染・発症確率の場合、国内での人から人への感染開始から、ピーク時の100日後に感染・発症者は人口の5%に達すると予測されます。3.0人の場合には30日後に人口の3割に達し、社会活動に大きな影響が生じ、医療機関もパンク状態になるとみられます。しかし、「新型ウイルスは、肺で増殖し重症化させるたんぱく質の構造が壊れており、感染力はあまり強くない」との見解もあり、感染力の評価については現時点(2009年5月時点)では未確定です。

○質問④「マスクやうがいは有効と聞きましたが、大阪・神戸から通学している学生であれば、マスクをすべきでしょうか?」:マスクは、感染した人がウイルスを飛沫とともに拡げないようにするためには有用とみられます(短期的・範囲限定的な感染防止に)。しかし、先に述べた「不顕性感染」が広がっている場合には、マスクはおそらく長期的・広範囲の感染を防ぐことはむずかしいと考えられます。

さらに、疫学的に、マスクの有無によって感染を防止できたことを証明した研究論文はありません(長期的・広範囲の感染防止には有効とはいえない。うがい、手洗いも同様。それ以外の要因~発症抑制方法~を検討する必要。マスクは、通常の呼吸器疾患の予防には有効とのエビデンスはあるが)。

ウイルスを野球のボールの大きさとすると、通常のマスクの繊維の網の目は、東京ドームなどの野球場以上の広さがあり、もしウイルスが空気中を浮遊するとすれば(飛まつ感染だけでなく、飛まつ核感染があるとすれば)、マスクでは感染防止は困難とみられます。飛沫をある程度カットするのみです。

また、マスク着用が発症確率を下げることに有効だった、と証明されたとしても、被験者がマスクを着用したり、うがいを励行したりする行動習慣をつけている人たちは、ウイルスに対する知識・理解、対処のための基本姿勢ができているために、感染機会を生活全体で低減できているとも考えられます(それゆえ、個別的なマスクの有無と発症との相関を調べるだけでは、両者の関連を明確にすることがむずかしいと予想されます。また、ここでも不顕性感染の度合が関連して結果に影響します)。

2)発症した場合の対応について

○質問⑤「タミフルやリレンザ(ウイルス増殖を抑える薬)についてはどう考えたらよいでしょうか?」:これらの薬は、ウイルスの増殖を抑制する効果をもつことが証明されています。ただし、臨床的には、発熱などの発症経過を、約1日だけ早く抑えるのみです(論文・検証データあり。ワクチントーク全国で紹介)。それゆえ、予防的に投薬しても、治療薬としても効果は限定的と考えられます。日本では薬に依存する傾向が強く、ピーク時で全世界のタミフルの約80%を日本人が消費していることなど、社会的・経済的な側面からもタミフルなどの薬販売の問題点が指摘されています。

○質問⑥「もし発症した場合には、どのように対処すべきでしょうか?」:発熱した場合の対応のフローチャートについては、各自治体、所属の学校の方針に従うことになるでしょう。ただし、日本政府や各自治体の対応フローチャートは、鳥インフルエンザ・ウイルス(H5N1型)などの強い毒性をもっ

た新型インフルエンザの流行が想定されています。今回のインフルエンザの実態を丁寧にとらえて分析した上で、対応を検討する必要があります。

個々人としては、発症後は解熱剤脳症に留意し、市販のかぜ薬は避けて、医師の診察を受けること。解熱剤の服用は慎重に。発熱には、まずは薬でなく氷枕や給水などで対応を。

もしジクロフェナク系(市販名「ボルタレン」等の、非ステロイド抗炎症剤NSAIDs解熱剤)の解熱剤を処方されても使わないこと。どうしても使うなら「アセトアミフェン」系のみにすること。そのほか、発症後のケアを丁寧に。(田中試案、以上)

■(参考資料)

インフルエンザ等の予防策に関するエビデンスの整理
川村孝(京都大学保健管理センター所長)

うがいが風邪(普通の風邪)の予防には有効という研究が世界で1つだけあります[1]。この研究の副次的解析ではインフルエンザも多少減らしそうですが確実ではありません[2]。インフルエンザや風邪の原因になるウイルスは受容体にくっついてすぐに細胞内に取り込まれるので、うがいで病原ウイルスが洗い流されるとは考えられません。おそらくウイルス感染を助ける(細菌またはダニ由来の)プロテアーゼを除去することによる効果と想像されます[3-5]。ハウスダストにも含まれるダニ由来のプロテアーゼはインフルエンザの感染性を100倍高めるとされています[5]

インフルエンザの感染予防にはまず石けんを使った手洗いあるいはアルコールゲルによる手こすりですが、これとてインフルエンザに対する予防効果は実証されていません。ただし一般的な呼吸器感染症の予防には有効であることはわかっています[6-9ほか:省略]

マスクは最近出た研究で全く効果が出ていません[10]が、この研究ではマスク着用開始時期や着用継続に問題があり、効果を否定するものではありません。私見としては、飛沫がかかりうる人混みでは意味があるかもしれませんし、病原体が付着した手を口や鼻に持ってくるのは防いでくれます。

参考文献

[1] Satomura K, Kitamura T, Kawamura T, et al. Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a randomized trial. Am J Prev Med. 2005; 29: 302-7.

[2] Kitamura T, Satomura K, Kawamura T, et al. Can we prevent influenza-like illnesses by gargling? Intern Med. 2007; 46:1623-4.

[3] Tashiro M, Ciborowski P, Klenk HD, Pulverer G, Rott R. Role of Staphylococcus protease in the development of influenza pneumonia. Nature. 1987; 325: 536-7.

[4] Matsuyama S, Ujike M, Morikawa S, Tashiro M, Taguchi F. Protease-mediated enhancement of severe acute respiratory syndrome coronavirus infection. Proc Natl Acad Sci U S A. 2005; 102: 12543-7.

[5] Akaike T, Maeda H, Maruo K, Sakata Y, Sato K. Potentiation of infectivity and pathogenesis of influenza A virus by a house dust mite protease. J Infect Dis. 1994; 170: 1023-6.

[10] MacIntyre CR, Cauchemez S, Dwyer DE, et al. Face mask use and control of respiratory virus transmission in households. Emerg Infect Dis. 2009; 15: 233-41.

(2020年8月26日加筆修正)

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