課徴金制度の強化のための独禁法改正ようやく成立~ 消費者利益の確保のために独禁法の理解をすすめましょう
2019年6月19日 参議院本会議で『私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律の一部を改正する法律案』(以下独禁法改正案)が可決・成立しました
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/jun/190619_1.html
課徴金制度の強化を柱とする私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独占禁止法)改正については、独占禁止法研究会の提言(2017年4 月)などを踏まえ、公正取引委員会で改正案の検討が進められてきました。
今回の改正のポイントは、以下の4点です。
(1)課徴金減免制度の改正
減免申請による課徴金の減免に加えて,新たに事業者が事件の解明に資する資料の提出等をした場合に,公正取引委員会が課徴金の額を減額する仕組み(調査協力減算制度)を導入するとともに,減額対象事業者数の上限を廃止する。
(2)課徴金の算定方法の見直し
課徴金の算定基礎の追加,算定期間の延長等課徴金の算定方法の見直しを行う。
(3)罰則規定の見直し
検査妨害等の罪に係る法人等に対する罰金の上限額の引上げ等を行う。
(4)その他所要の改正を行う。
今回の改正が予想以上に難航したのは、経済界等からの反発に加えて、(4)にあるような弁護士・依頼者間秘匿特権について法定化を求める意見が弁護士会から出され、調整が難航したために2018年度は法案の提出が断念され、自民党内の研究会の調整等を待つこととなりました。
課徴金制度見直しの経緯
独占禁止法では、課徴金減免申請の行われた順位に従って法定の減免率が自動的に適用されることとされています。課徴金制度の下では、事業者は、減免申請を行った上で、要求される報告と資料の提出を行えば、公正取引委員会からのその後の追加報告要請に回答しない、又は虚偽の事実の報告を行ったと認定されるような例外的な場合を除き、報告内容が実態の解明にどの程度寄与したかを厳格に問われることなく、法定の減免率の適用を自動的に受けることができることになっていました。
そのため、事業者が申請後に公正取引委員会による調査に引き続き協力を継続するインセンティブが限定的であり、効果的な事案解明及び事件処理を行うためには、公正取引委員会に、協力状況に応じて課徴金の減免率を増減させる裁量権を与えるべきではないか、という意見があり、2017年4月25日の「独占禁止法研究会報告書」では、従来の硬直的な課徴金制度を見直し、一定の柔軟性を認めるべきと提言がされました。
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h29/apr/170425_1_files/170425_1houkokusyo.pdf
また、2018年2月6日に閣議決定された「産業競争力の強化に関する実行計画(2018年版)」でも、法執行の実効性をより高め、違反行為を抑止するため、課徴金制度の見直しの検討を進め、独占禁止法改正法案の提出を視野に、必要な措置を講ずるとされていました。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/keikaku_honbun_180206.pdf
消費者圏外?の秘匿権議論
公正取引委員会に課徴金の減免率についての裁量を与える場合、事業者と公正取引委員会との間で、事業者の行う調査への協力内容をいかに評価すべきかの協議、交渉等が必要となります。事業者としては、より大きな減免率を獲得するために公正取引委員会に対して積極的に事実を報告することと、不当な取引制限に該当するか否か微妙な行為を報告することのリスクとを慎重に検討した上で、戦略的な対応を採ることが必要となるわけです。当然、弁護士との間で綿密な協議を行うことが従来にも増して重要になりますが、米国等と異なり、事業者と弁護士との間で弁護士による法的意見を求めて行うコミュニケーションが秘密として扱われて捜査当局や司法機関による事実認定の基礎とされないという、いわゆる弁護士・依頼者間秘匿特権が制度上保障されていないために、経済界を中心に、いわゆる裁量型課徴金制度の導入に当たっては弁護士・依頼者間秘匿特権の保障が必要であるとの意見が出されました。
しかし、弁護士・依頼者間秘匿特権はこれまで認められてきませんでしたから、刑事事件や他の行政調査への波及への対応も踏まえた慎重な検討が必要とし、政府、公正取引委員会、経済界等の関係者の意見調整に時間を要していました。そのため、いわゆる裁量型課徴金制度の導入等を内容とした独占禁止法改正については、2018年1月招集の通常国会に法案提出が一旦計画されながら、断念されたのです。
今般、弁護士・依頼者間秘匿特権について、不当な取引制限に係る行政調査手続のみを対象とするなど限定的ではあるものの、実質的に一定の保障をすべく制度(注)が整備されることを前提に、いわゆる裁量型課徴金制度の導入(ただし、公正取引委員会に対して課徴金額の決定に自由裁量権を与えるものではない。)等を内容とする独占禁止法改正案が内閣から国会に提出され成立にいたりました。
秘匿特権を含む「防御権の法定化」について、実態解明が遅れ消費者の利益が侵害される事態になりかねないこと、秘匿特権については特定商取引法をはじめ他消費者関連法への拡大が懸念されることなどから消費者団体などは反対し、早期の法改正実現を求めてきました。
今般、公正取引委員会が弁護士・依頼者間秘匿特権について、不当な取引制限の行政調査手続を対象に規則に明記する方針としたことで、ようやく3 月12日 に法案は閣議決定に至り、5月30日 衆議院本会議で可決し、参議院に送られました。2019年6月19日 参議院本会議で可決され、成立したわけです。
(注)
その他所要に改正は別紙1,2。別紙2の弁護士への相談についての調整は下記のようなものです。
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/jun/keitorikikaku/190619besshi2.pdf
独禁法は企業間の公正な競争をうながすだけでなく、不当な経済活動に対しての監督・制裁機能を有する重要な法制度です。成長戦略のもとで、規制緩和の波のなかで、新たな独禁法違反行為を監視するためにも公正取引委員会に求められる役割は重要です。
公正取引委員会は近年人員を増員し消費者との意見交換も定期的に行うようになっています。各地で講習会なども行われています。
https://www.jftc.go.jp/event/kousyukai/index.html
教育機関での独禁法の勉強会なども開催しています。
https://www.jftc.go.jp/regional_office/kyusyu/demae.html
デジタルプラットフォーマーなど、消費者利益に関する問題も省庁をまたいでの議論が必要な時期です。
消費者保護法制の整備や消費者教育が重要なのは論を待ちませんが、経済活動全体への目を向けた消費者教育を子どものときから行うような取組も呼びかけていきたいと思います。
(古賀 真子)