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製造物責任(PL)法を知ろう!~その1 PL法制定の経緯と現状 2015.7.1シンポの報告

製造物責任法(以下PL)法施行後、20年が経過しました。1970年代にスモン薬害事件、カネミ油症食品公害事件などが起きました。製品事故にあった消費者を救済し、メーカーに安全意識を高めてもらうため40年以上前から製造者の責任を問う法の制定が期待されていましたが、産業界の反対等で立法できずにいました。PL法は消費者団体が音頭を取り、学者、弁護士、政治家を巻き込んだ国民運動とし、ようやく1994年6月に法が成立し、翌1995年7月1日から施行されたものです。

DSC_1058施行から20年目の2015年7月1日、PLオンブズ会議(注)主催のシンポジウムが開催されました。

冒頭、PL法は民法の過失法理では救済が困難な製品の欠陥による消費者被害事件(カネミ油症食品事故など)の救済のために導入されたものの、制定時の宿題は解決されていないとの基調報告がありました。2001年の電気製品事故、パロマ湯沸かし器事件、点検制度の改正(製品安全法の見直し)やこんにゃくゼリー、茶のしずく事件、カネボウ化粧品の白斑症事件など、製造物の欠陥を原因とする被害は後を絶ちません。

2009年に消費者庁、消費者委員会ができ、こうした被害問題には消費者庁がカバーする形となりましたが、国際化やモノつくりの拠点が海外に移されたこと、高齢者の増加による被害態様の変化、要介護者によるの事故、長期使用による製品劣化への対応など、この間、多くの新しい問題が生じています。ネット通販物で事故が発生している実態も明らかになっていますが、安価な自転車により重大な人身事故が発生していることも問題となっています。(その2で報告)

米国のラルフ・ネーダーは、PL法と情報公開法は消費者被害救済の車の両輪と指摘していました。日本ではPL法制定時には情報公開法も整備されておらず、裁判での責任を追及するための証拠資料を開示したり、保全するための法もありませんでした。情報公開に関しては、行政情報開示法が成立し(1999年5月)、民事訴訟法の文書提出命令規定等が改正されましたが、まずは制定ということで国民運動が起きました。しかし、製品事故の立証負担の軽減に役立てられているかについてはまだまだ多くの課題があります。

裁判で救済されているのでしょうか?

シンポでは、中村雅人弁護士から、PL裁判自体は多くないとの報告がされました。制定時には濫訴になると言われましたが、この10年で300数件しかなく、医療過誤より少ないということです。保険でカバーされているものもあるようですが、被害が少ないのではなく、裁判しても無理なので泣き寝入りしているのが現状のようです。弁護士のところに相談に行っても、証明が難しいとして、8割方は提訴をあきらめてしまうようです。

被害者が証明できない点がネックとなります。消費者には証拠収集の手段がないので、これを補うために消費者庁の事故安全調査会などの役割が期待されるわけですが、いまだ裁判資料にはなっていないようです。この3年間で公表されたのがが数件。たとえば、エスカレーター事件についての消費者庁の調査は3月に終わり事故報告されましたが、裁判で期待されるような利用はできていません。PL法が実効性を増すためにもこうした点を検証して法改正に結びつけるべきですが、改正のための検討会や審議会はありません。国会議員も関心がないのです。民主党が政権前に改正案を作りましたが,その後、動きはありません。

パネルディスカッション

浅岡美恵弁護士のお話

PL法の制定運動は消費者団体と弁護士がともに取り組んだ最初の運動事例です。1970年代終わりにスモン裁判で2万人の被害者がでました。従来の過失論では解決できない。サリドマイドも同様です。同じことが繰り返されないように、街頭での100日座り込みをするなど大変な時代でした。1980~90年頃は、「テレビから発火」しても裁判で勝てるかどうかなどと心配するような時代でした。消費者の健康や命まで害されることから守るためには簡便な制度が必要という意識から、米国や、欧州で定着している考えに行きついたわけです。どういう不注意があったかではなく、「その製品が安全性を欠いていないか」がメルクマールとされる必要があるのです。

立法運動も大変でしたが、幸運(ラッキー)も重なりできた法律です。立法運動で製品の安全に対する国民的理解が広がることになり、行政や業者も悩んでいるところがありました。新しい考え方には、当初相当の抵抗がありましたが、PL法が途上国でも採用されるようになり、製品が世界中に流通するなかで国際的観点からも浸透していったのです。

ラッキーというのは、第一回目の政治の流動化により成立できたということです。当時は政権交代の時期でした。しかし、そのあとで、本来的にどういう法にするかとの議論がはじまり、「欠陥」の定義に時間がかかったのです。責任期間10年はどうなのか?・・・大切なことが詰められず横に置かれました。法がどう使えるのか?交渉のなかで使えるのか?証拠はどう確保するのか?情報公開法、民訴法改正、安全規制をどうすべきかなどその後の一定の対応はされました。

これからどうすべきか?

茶のしずく事件や、カネボウ化粧品の訴訟事件にもかかわっていますが、とにかく時間かかります。業者に相談すると、(被害の上塗りともいえる)「カバーメイクしましょう」などというあるべきでない対応を示唆されます。だから回収も進まないのです。PL法でなく過失責任としての訴訟がされているのが実態なのです。このような手遅れは企業に致命的ダメージ起きるはずなのに、被害者側も加害者側もそうした意識が足りない。甘く考えられている土壌があるのです。まずは、「被害者の立場から賠償させていくという」という姿勢が大切です。

イギリスに20年前行ったとき、被害救済のためには4つの要件がある と言われました。

①製品被害と本人が気づくこと。使用ミスなのか、原因は何であるかの情報が必要。(消費者への)教育の機会の議論でもあります。

②相談相手を間違えないこと。被害にあったとき、99%の人がメーカーに行きます。弁護士や消費者センターにいくべきです。

③証拠を残すこと。原因究明のための認識をすべきであり、自分で証拠保管(保持)のためのコストをかけること。

④裁判所への司法救済を求めることを躊躇しないこと。裁判所が期待に応えていないとしても、欠陥との因果関係については推定できことが法律上の規定になっている。裁判ができるかどうかは、国民が欠陥であると考える意思をみせられるかにかかっている。

消費者の努力を次世代に

パネルディスカッションでは、国民生活審議会(国政審)の委員をつとめられた清水鳩子さんからの発言がありました。「当時の国政審では、委員全体が同じ目線(標)でなく、企業、学者、法律家、消費者とバランスをとった構成でした。消費者のためのPL法を作る全国連絡会での活動を審議会に反映させるため奮闘しました。20年前から議論されていて、米国は60年代、EC(当時)では80年代に法律ができていましたが、日本では立法化議論はありませんでした。1992年内に結論をだすということで、翌年ゴーサインがでました。細川内閣時11人の国会議員が委員会をつくり、国政審に報告をだしました。連立政権で流れが変わったのです。党として試案を出していた公明が入閣。6月の通常国会なのに予算がきまらず、廃案にならないか心配しました。寝ずに電話してとにかく国会開催中に成立させてほしいとがんばりました。1000人単位集会、500万レベルの署名、全会派一致のルールをくずし312自治体で意見書の採択など全国的な大きな運動となったのです。」

長見萬里野さん(日本消費者協会理事長)からも、「当時、消費者団体と法学部生で学習会をしていて国会議員が超党派で参加してEC指令を学習したこと。公害、薬害、食品公害が続いている中で、何とかしなければとの思いがあったこと、国政審とは別に開催されていた産業構造審議会は2年で46回も開催されたことが紹介されました。欠陥の基準、推定規定、証明責任はどうするのか、中小企業をどうするか、保険でカバーできるかなどの議論があったこと」が紹介されました。

参加した、通産省(当時)の元官僚の人からは、消費者と企業、政府も消費者との意識のもとで身の安全を守るしくみについて公平な処理を目指して行政として対応したとの発言がありました。弁護士からは、付帯決議が異常に多くつけられた法律であったのは、血液製剤について、皇室がトップを務める赤十字、ミドリ十字(自民党圧力団体)、中薬審への対応が大変だったからと説明されました。2か月しかない羽田内閣だったからこそ法律が成立できたとの報告がありました。モデルとしたのはEC指令。日本は社会全体の仕組みが違う、武器対等が日本にはなく、通常予見される使用形態、流通におかれた時期など、予見可能性がなく事業者が対応できないと言っていたそうです。欠陥概念を明確にできないかぎり訴訟で勝てない法律です。事前の規制から事後規制へ。新製品の使い方、安全確保の対応としての基本ルールなどが明確にされる必要があると発言されました。

(注)

1990年代前半期、PL法の制定を願う多くの消費者団体、消費生活相談の専門家、弁護士、研究者など幅広い人々が参加して製造物責任法(PL法)制定運動が進められ、1994年にPL法が実現しました。制定運動の要となった「消費者のための製造物責任法の制定を求める全国連絡会(PL法消費者全国連絡会)」は、法制定という目的を達成したことから解消。制定運動に参加した人を中心に「個人」をメンバーとするネットワーク組織「PLオンブズ会議」を結成し、全国消団連と連携して活動(1998年)。毎年法施行日の7月1日の前後に「報告会」を開催。

http://www.shodanren.gr.jp/keyword/ombudsman.php

*シンポジウムでは、最後にPLオンブズ会議から、「製品事故被害の公正・迅速な救済と製品安全の向上のために」の提言が出されました。

2015.7.1PLオンブズ会議提言(PDF 1.57MB)

(文責 古賀 真子)